ベートーベン作品紹介:その3

協奏曲


ピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲

オーケストラにある楽器の独奏を加えたものが協奏曲で、演奏会等でもわりと一般的な種類のプログラムであろう。 ベートーベンはピアノ協奏曲を5つ、ヴァイオリン協奏曲は1つ書いている。 作品番号を付けているうちではこれらだけで、どちらもずいぶんと少ない。 (注:ピアノ協奏曲としてはもう1つヴァイオリン協奏曲のピアノ版が存在していて それも作品番号を与えられている。しかし一般にピアノ協奏曲といった場合は第1番〜第5番までを指す事が多く、 この曲を含めることは少ない) 例えばモーツァルトであればピアノ協奏曲は27曲、ヴァイオリン協奏曲は5曲書いてるらしい (偽作と言われてるものやらもいれると7番まであるとか・・)。 もっとも交響曲も曲数では1/4以下の9曲しかないのだから、特別これらの協奏曲が少ないというわけでもないのだが。

少ないながらも強烈な個性を持ち、音楽的にも優れたこれらの作品について一部を取り上げて簡単に紹介する。
特に紹介はしないが、ピアノ協奏曲第4番等も十分おもしろい作品なので皇帝を聴き込んでしまったら聴いてみることをお勧めする。1〜4は名の知れたピアニストであればどれも悪くないと思うので、ひとまず目に付いたやすいのを買ってみる、とかでも大丈夫。


皇帝
Piano Concerto No.5 in E flat major

後世に皇帝と呼ばれるようになった。皇帝とは言っても、あのナポレオンとは関係がなく従って交響曲第3番の英雄とも関係はない。「ピアノ協奏曲の皇帝」というようなニュアンスでつけられたようだが、曲の内容がそれほど充実しているということである。ただ、聴くにあたって表題は忘れてしまったほうがいいかもしれない。ベートーベン自身がつけたものではないし、聴く側の我々のイメージを固定してしまいかねない。他の曲を聴く場合でもだが。

第一楽章
この曲の中では残念ながら一番退屈な楽章かもしれない。20分くらいの楽章だが、聴き所は終わりの数分に集約されていると思うからだ。しかし、曲の出だしはライブで聴くとすばらしいものらしい。壮大なスケールの演奏は日が澄み切った青空に昇りゆく夜明けを感じさせるようなほどである、と。ピアノの演奏次第でスケールがいかようにもなってしまう不思議な楽章でもある。

第二楽章
実に穏やかで、空気の澄み切った少し肌寒い早朝を感じさせられるような曲。少々音量をあげてその世界に浸れば崇高な気分を存分に味わうことができるだろう。第一楽章とはまた違った巨大さを内包した楽章で、私に言わせればもっともベートーベンらしい音楽に仕上がっている。スケールは違うものの、ピアノソナタ悲愴の第二楽章あたりとイメージが重なる優しい曲調でもある。ピアノとオーケストラがもっとも美しく調和した、ピアノ協奏曲の金字塔と言ってもよいくらいの楽章である(と私は思っている)。

第三楽章
第二楽章とは打って変わって(なんかこういうの多いね)快活なピアノの独奏で幕を開ける。この楽章はピアニストの力量・音楽性が試される部分でもあり演奏家によってかなり曲調がかわる。ある人は繊細に、またある人はピアノ一台の独奏でオーケストラを圧倒するほどのダイナミックな演奏をする。後半はやや大味ながら、聴き応えのある楽章である。

お勧めする録音
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ) ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮(ウィーンフィル)
皇帝の録音における金字塔のひとつ。次にあげるフルトヴェングラー指揮の盤と共に必ずあげられる名盤。バックハウスのスケールの大きい演奏はまさに圧巻で、完全に他を寄せ付けない高みに達していると言っても過言ではないだろう。第一楽章の終盤や、第三楽章のある聴き所などでは泉からこんこんと清水が湧き出でるように瑞々しい音楽がつむぎだされ、その様はもはや奇跡と言ってもよいようなほど。第二楽章もすばらしく、第二楽章の部分の説明に書いたような気分に浸れる。私が聴いてきた中でもっともおすすめの録音。オーケストラもまずまずといったところか。
最近買いなおしてみたところ、ぷちぷちノイズが目立っていたのが残念だが、こういう録音はむしろCDラジカセ程度の環境で再生したほうがノイズも気にならずいいかもしれない。もしくはジッターを除去したものなんかに自分で直したり・・(以前のは最初から補正でもしてあったのか気にならなかったのだが・・)。

エドウィン・フィッシャー(ピアノ) ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮(ウィーンフィル)
実を言うとフィッシャーの繊細な第三楽章等の演奏が気に入らなくてあまり聴かない録音。 しかし、オーケストラは圧巻で、もうひとつの名盤の指揮者イッセルシュテットが気の毒になってしまうほど。 こちらも録音が古いのでひょっとしたら音はよくない部類なのかもしれないが(今は手元にないので確認できない)、 聴く価値は十分にある。フルトヴェングラーはベートーベンの指揮をやらせればおそらく20世紀最高の指揮者だっただろう。 もちろん実際20世紀指揮者最高峰のひとりにあげられているのだが、 彼自身が「私(フルトヴェングラー)のベートーベンは違うのだよ」と語っていたように 、たしかにベートーベンでは異彩を放っている。 交響曲などでも彼の指揮したものはお勧め。是非聴いてもらいたい。

他のお勧めはこちらに載せてあります。 エマニュエル・アックスの演奏は特にすばらしくお勧め。 なぜか2000円強で協奏曲全集+幻想合唱曲のセットが手に入る。 ひょっとして仙台の新星堂がミスってるだけなのだろうか・・


ヴァイオリン協奏曲
Violin Concerto in D major

中期は傑作の森と呼ばれる時期でもあるが、これもその頃の作品である。 同時期の作品群に比べて不当に評価が低い。 歴史的にも冷遇されていた節のある曲で彼の死後相当長い間演奏されていなかったようだ。
ヴァイオリンなんてもともとオーケストラに何人もいるのに協奏曲にする意味あるのかと思っていたくらいなのだが、 あっさりその認識を覆してくれた作品でもある。 ベートーベンはヴァイオリン協奏曲を一曲しか書いていないがこの一曲でほぼやりたいことをやりつくしてしまった節 もあるのである意味納得のいくところ。

実はこの曲には独奏のヴァイオリンをピアノに変えたピアノ協奏曲が存在する。 しかも他の作曲家による編曲ではなく、ベートーベン自身が編曲しなおしたという珍しい作品。 作品番号も同じ61番を与えられている。ただしピアノ協奏曲としての番号は与えられておらず、 ピアノ協奏曲全集にも含まれることはまずない。 ただでさえヴァイオリン協奏曲が不当な扱いを受けているので、 ピアノ協奏曲版に至っては存在がほとんど知られていない。
一方、曲の内容はいかにベートーベンがピアノという楽器と慣れ親しんでいたのか、がわかるものとなっている。 単純にピアノに置き換えただけでなく、独奏の部分は様々な変更が加えられているようだ。 純粋にピアノ協奏曲としてもすばらしいできで、ヴァイオリン協奏曲との聴き比べでも楽しめる。 聴き手としてはうれしい曲。

第一楽章
常に独奏のヴァイオリンが明確な旋律を奏で全体を引っ張っていく。 第一楽章は24分と演奏時間も長いが、質の面でも充実していて、 同時期に作曲している交響曲運命等よりもロマンティックな旋律を有している。

第二楽章
穏やかで、どこか古き日を思い返しノスタルジーにでも浸っているような感じ。

第三楽章
ヴァイオリン、もしくはピアノの独奏で幕を開ける。独奏者の腕の見せ所だろうか。 交響曲や協奏曲にありがちなことだが、最終楽章全体としてはやや大味な部分もある。 しかし、独奏とオーケストラが見事に呼応して音楽を作り上げている。 中盤以降が非常に聴き応えがある。

お薦めする録音
特になし
5,6枚くらいは聴いてきたのだが、特にこれは厳しいとかこれはいい、とかがいまいちわからなかった。 どれもそこそこ満足だったせいもあるが(たまたまかもしれない)。 最近は100円ショップで古い録音のものが手に入るが、 その中にフルトヴェングラー名演集(ダイソー)というのがあってその10番目にヴァイオリン協奏曲が収録されている。 お金をかけたくない場合はこれで十分。ヴァイオリンについてはなぜか書かれていないので誰だかわからない・・  録音の数から言うとメニューインである可能性が高いのだが・・

ピアノ協奏曲版はダニエル・バレンボイムの指揮兼ピアノがお勧め。
彼の美しい音色を奏でる能力が非常にうまく発揮されている。 少々のミスが見受けられるものの、それを補って余りある瑞々しくロマン溢れる演奏を聴かせてくれる。


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