
結構豪華な『特別室』は、とても病院とは思えない。
こめかみの血はずいぶんと派手だったので近くの総合病院に緊急で放り込まれた。
しかし、それほどの怪我ではない。
ヘリに乗って病院に向かう間にアレフは、必要な指示を出し、人を動かした。
今まで、多少の事には多めに見てきた。
彼らは、無能なりにもラーバンドルの人間だと思ってきたからだ。
長男に生まれてきた以上、バークレーに社長という名刺を与えておくつもりだった。
表立ってラーバンドルを仕切る必要は無いと思っていたからだ。
だが、今回の事件でアレフはその考えを改めた。
ラーバンドルに害を成し、アレフの死を画策し、小次郎を危険な目に遭わせた。
(ついでに、記憶まで戻しやがって)
そんな奴等を野放しにはしておけない。
今まで、配置していた手駒を一斉に動かしローゼンスの力をそぎ取り、組織を内部崩壊させ、奴らの身柄を確保する。
アレフは冷静にそれを組み上げていった。
「アレフ、入るぞ」
特別室に入ってきた小次郎は、トレイを二つ持っている。
「さぁ、飯にしよう。」
小次郎は、何も言わない。
ただずっと僕に付き添ってくれてる。
「ごめんね、なんだかんだと遅くなって・・・すぐに飛行機・・だそうか?」
もう記憶は戻っているのだから、今更自分が小次郎を日本に届けることも無いのだ。
日本に連絡すれば小次郎の仲間がすぐに飛んでくるだろう。
「おまえ、気ぃ使いすぎだよ。」
小次郎はポンとアレフの頭に手をおく。
そのまま頬に向けて落としてプニッとほっぺたの肉をつまむ。
「さっさと元気になって、お前は俺を日本に送ってけ。わかったな」
「ふぁーーい」
ほっぺたを摘まれたままアレフは返事を返した。
小次郎は残酷なくらい優しかった。
自分で、自分の感情にけりをつける時間をくれる。
そして気づく、日向さんが”何か”を恐れている事を。
それは多分、アイツの事なんだろう。
くそったれ!と思いっきり汚い言葉で罵っても、選んだのは他でもない小次郎なのだから自分はあきらめるしかないのだろう。
自分が望むすべての場所を独占するあいつ
いっそ殺してやれたら(すっきりするだろうな)
日向さんを送り届けることを決めたころ俺は、日向さんの捜索にアイツの形跡が無い事に気がついた。
一番大人しくしていると思えない奴が、いない。
何処にいたのか突き止めた時には本気で殺してやろうかと思った。
アイツはあの事件で意識を無くした状態のまま眠っていた。
「・・・・・・・・・はぁ」
間を置いて大きくため息をつく。
どうするのが一番よいのか、小次郎の事は世界を動かすよりも難しい気がする。
とりあえず、僕は日向さんの心配事に付け込む事にした。
日向さんにアイツの事は教えていない、教えたく無いから教えないでおくことにした。
「ねぇ、日向さん」
「ん?」
「・・・日本に着いたら・・・最初にどこに行きたい?」
「・・・・・・」
日向さんは目線をゆっくりと外に向ける。
青い空が一面に広がるその空間を見ながら。
「明和・・・かな」
「うん、わかった」
一週間後、僕たちはチャーターした飛行機に乗り、一路日本へと飛んだ。
全日本の仲間たちが血眼になって小次郎を探している事は判っている。
だが、それをことごとく出し抜きかく乱する。
あいつを目の前にするそのときまでは日向さんを手放す気はさらさら無いからだ。
飛行機が成田空港に降り立った。
タラップが取り付けられ、外に出る。
そこは、日本。
今までいたヨーロッパとは明らかに違う空気が包む。
「・・・日向さん」
不安げに名前を呼んで、そっと手を握る。
どこかに行ってしまいそうなこの人を繋ぎ止めたい・・・・そんな行動を取った僕の手を日向さんが握り返す。

「ひゅーがさん」
定宿にしている帝国ホテル貴賓室のベットの上で、日向さんは、じっと座っていた。
「お風呂気持ちいいよ、入ってきたら?」
「ん。ああ、そうだな」
着いてからじっと考え込んでる。
僕から見ても日向さんらしくない今の状況。
「日向さん・・・」
僕は、それこそ一大決心をして声を絞り出す。
「あの日・・・何があったのか・・・聞きたい」
聞きたい、何があなたを迷わせているのか。
僕は、顔を隠すように、日向さんを離さないように、背中に抱きついた。
「・・・アレフ・・・」
日向さんが僕を覗き見ようとして振り向くのがわかった。
そして、大きく深呼吸するのも感じられる
「あの日は、ホテルで火災があって・・・・逃げ遅れたんだ・・・それだけだよ」
「あそこは非難経路から外れすぎてるよ・・・日向さん」
「・・・・」
「何があったの」
「・・・喧嘩した・・・喧嘩して・・・飛び出して・・・そのあとホテルが火災に・・」
「うん・・・で、何を心配してるの?」
「・・・・」
「全日本メンバーは行方不明の日向小次郎を除いて全員無事日本に帰ったって書いてあったよ?」
「・・・でも・・」
ああ、やっぱりだ。・・・・と思った。
日向さんは、記事のたった一行に心を乱している。
「一人だけは意識不明のまま帰国」
日向さんが大きく跳ねる。
そして小さく震え出す。
「・・・俺、俺のせいだ・・・俺のせいであいつ・・」
「・・・日向さん・・」
そのまま、日向さんは小さくしゃくりあげる・・・泣いてる。
背中越しに伝わってくる泣き声に僕は、少しだけ声を落としてささやいた。
「日向さん・・・」
その声にビクリとする日向さんに『やっぱり』と思う。
僕の声はあいつに似ている・・・・
たぶん・・そうなんんだろう
「あいつはね・・・待ってるんだよ」
「日向さんが帰ってきてくれるのを。待ってる」
「・・・まってる?」
「あいつは、日向さんに見捨てられたら生きていけないんだよ。」
「そんなこと・・・」
「あいつは、日向さんが思っているよりずっと弱いんだ。」
小さな沈黙
「・・・・アレフ」
「うん。明日、病院に行こう」

翌日、僕は日向さんを伴って東邦大学病院にやってきた。
日向さんだということが知れたとたんパニックになる可能性もあるので、簡単にサングラスをしてもらった。
何も、受付にまで隠すこともない。
案の定、受付嬢は若島津の病室を聞いたことで気づいたようだった。
しばらくすれば、誰かがやってくるだろう。
「ここだよ・・・日向さん」
病室のドアの前に立つ日向さんは今にも逃げ出してしまいそうだった。
逃げても仕方ないとわかっているのだろうけど、そのドアをなかなか開けることはできないようだった。
「・・・開けるよ」
そう言って、僕は、日向さんの手に自分の手を添えるようにしてドアを開けた。
その部屋の真ん中に、静かに横になっているあいつがいる。
動けない日向さんをベットの傍へと連れて行く。
日向さんの苦しみを知らぬように横たわるあいつにだんだんたまらなくなってくる。
「起きろ、若島津 健」
「僕は、ここに来たくはなかった。会いたくもなかった。ましてや、お前に日向さんを帰すなんてことしたくないんだ。
けれど、日向さんがここに来た。」
日向さんが勇気を振り絞って若島津の手に触れる
「わか・・しまづ・・」
日向さんの声が、小さな呪文のように唱えられ、眠り続けていた男が目を覚ます。
その光景を見たくなかった俺は、そっと部屋を出た。
息せき切ってスーツ姿の女性と、青年が走ってくる。
多分、東邦学園理事長と、全日本代表の一人。
僕はビジネス向けの態度で会釈する。
「・・日向さんをお届けに参りました。」
女性がうろたえながらもビジネスライクな顔をする。
「あなたは・・・」
「私は、アレフ・レイン・ラーバンドル」
「・・・・」
どっかで見たような・・・という表情をしている。
頭にくるが、小さな声で、彼女のその疑問に答えてやることにする。
「ケン・ワカシマズの異父弟です」
小さな声で、言って唇に人差し指1本を翳してみせる。