
本戦に勝ち残ったのは、16チーム。全4戦で決勝が決まる。
一戦目は、イタリア。二戦目にイギリス。
どうにか勝ち抜いて、明日は、準決勝。
相手は、シュナイダー率いるドイツ。
ハンブルグの夜以来、シュナイダーは現れない。
シュナイダーが、なぜケンの記憶を甦らせようとしたのか、その理由を聞くこともできない。
彼があの夜どうやってあそこに現れ消えたのか、あの男は何なのか、なにが起こっているのか、その全てが謎だった。
それは、自分の力とは別の次元で、目隠しをされているような状態だ。
そんな感情は、自分が、命を持って降臨したのではなく、堕天となったためなのかとまで考えてしまいそうだった。
だが、明日の闘いの中でなら・・・・何か仕掛けてくるかもしれない。
シュナイダーが、日向さんの存在に、気づかないはずはない。
それでも・・・・もしかしたら大会が終わるまで、動けないと言うのが本音かもしれない。
いくら、あの織天使カール・メタトロンとて、この世界では『人』の一人であるはずなのだから。
それに、気のせいだろうか?力の加減がおかしい・・・・これは、人であるからなのか?
「若島津、どうした?」
俺は、ずいぶんとぼんやりしていたのだろうか、日向さんが心配げに覗き込んでいた。
「・・・何でもありませんよ。ちょっと考え事、してました。」
「・・・・シュナイダーの事か?」
「・・・・・・」
若島津は、言い当てられた事に小次郎の顔を凝視してしまった。
「シュナイダーのおまえへの様子が変なのには、気付いたからな。
・・・・何かあったのか?」
「何も・・・ただ、シュナイダーの方は俺に用が有るみたいです。
たぶん、試合の後には決着が付くと思うんですが・・・・」
「・・・・そうか・・・」
小次郎の視線が健からそれる。
話している間は、じっと相手を見つめる小次郎にしては珍しい動作だった。
何を、思っているのだろうか。
やがて、小さな呟きが耳に届く。
「明日の試合、俺達は俺達のベストを尽くそう・・・・な、若島津。」
「日向さん・・・・」

ヨーロッパの一角。長方形のサッカーグラウンドに地球の運命のかけらがいくつも重なって集まっていた。
それは、偶然できあがったモザイクの最後の花。最後の祭り。
魂の力を持つ者ならば誰もが振り返るであろうほどの光彩を放つ。
天において七大天使。
地において十三魔王。
そしてスタンドの各所には、六人の人の王が座していた。そしてグランドに一人。
奇しくも、その場にできていたグランドクロスは、運命へのせめてものはなむけだったのだろうか・・・
今、ホイッスルが鳴る。
翼の足下から繰り出されたボールが、小次郎へと通る。
小次郎が、狙うゴールの前に、シュナイダーが立ちはだかっていた。
この地にあって、なぜ、小次郎がサッカーを選んだのか、なぜ、シュナイダーが、同じスポーツをしていたのか、そんなことが頭をよぎる。
なぜ他のスポーツではなかったのか。
バスケットでも、バレーボールでも、野球でも良かったはずだ。
極端な話、スポーツを選ぶ必要性すらなかったはずである。
それでも、こうしてボールを挟んで、二人は向き合っている。
それが、運命だったのだろうか。
小次郎の全身全霊を込めたタイガーショットがゴールめがけて炸裂する。
けれど、脇を抜けていくボールを、シュナイダーは笑みすらも浮かべて見送った。
ゴールを守っているのは、あの夜、シュナイダーと共に健の前に現れた男、確か、バイエルンの正ゴールキーパー、ヘフナーと言っただろうか。
彼は、現ヨーロッパNo1ゴールキーパーと言われていた。
たぶん、彼もただの人間じゃない・・・・・
次の瞬間、ゴールを守る男は、タイガーショットをその手の中に止めていた。
つまりは、シュナイダーの位置より外からのシュートでは、ゴールを割ることはできないと言う無言の意思表示だった。
次にシュナイダーに渡ったボールは、全日本のメンバー達を抜き去り、先ほど、小次郎がシュートを出したのと同じ距離から今度はシュナイダーがファイアーショットを繰り出した。
迎え撃った若島津の体が、後ろに引きずられるが、ゴールを割ることはなかった。
ぶつかることをさけては、得点はできない。
つまりは、そういうことである。
チームメイト達へのパスで、通そうとしても、互いに奪い合い、戦線は絶え間なく流れて行った。
前半戦終了直前、小次郎のもとにボールが渡った。
躊躇は出来なかった。
全力で対峙するしかないのだから。
「シュナイダー!!」
その雄叫びとともに二人は真っ正面からボールに力を加えた。
二人の足に挟まれたボールは撓み、弾かれることもできぬ中に弾け散ってしまった。
その衝撃が、一種異様な撓みを持って広がった。
「!!」
天の七大天使は、その手の錫杖を立て鳴らす。
人の目に見えることのない光の格子が天空から会場を覆う事で、発生した歪みその場より外には広がらなかった。
一瞬の歪みが、干渉によって押さえられた事に何人が気づいたのか・・・。
それからも、何度か、シュナイダーと小次郎がぶつかることがあったが歪みは修整され続ける。
そして事もなく試合は続けられて行った。
シュナイダーのシュートを健が止める度にも、歪みが起こったがこれも同じ状態だった。
シュナイダーに先制点を取られながら、切り返した翼の1点で同点になった試合にけりを付けるべく、シュナイダーは日本チーム懐深くに切り込んできた。
ディフェンダー群を蹴散らし、シュートラインぎりぎりに入ってくる。
それを見て取った若島津は、ラインギリギリまで出て、シュナイダーの足からシュートが打ち出される直前に、ボールを押さえに走った。
シュナイダーが蹴り出した瞬間、ボールは健の腕にガッチリと捕まった。
健の体自体を吹き飛ばす力が掛けられる、ボールを歪める力を健は、全力で止めにかかった。
それが不安定だった二人の力を暴走させたのだろうか、二人の力が、ボールに向かって集中し、弾けた。
そして、それはさっきの衝撃の比ではなく強大な歪みを発生させた。
歪みは光を孕み、会場に広がった。
しかし、会場にいた人の王を決壊にして、その衝撃は横には広がらなかったが、変えて、天界と魔界を差し貫いた。
天の七大天使の錫杖は、その衝撃に砕け散る。
魔においては破壊の光となり、十三魔将軍を飲み込んだ。
何人かの魔将軍の半身が崩れ落ちる。
巨大な力を持った二人の天使が放った光は、神の雷以上の破壊力を持った光だった。
それほどの力が、一気に魔界に流れ込んだのだ。
三大魔将軍はあわててその光を封じ込める。
封じ込めてもなお光を失わないその玉を神殿の天井高く浮かせておく。
それは、淡い月明かりに覆われた魔界に不似合いな明るさをもたらしていた。
天界、魔界に走った光とは対照に。会場は、薄闇の中、時を止めてしまっていた。
発生した衝撃の中心に居た健とシュナイダーは、はじき飛ばされ、抱えていた拳はグローブをずたずたにして血塗れになっていた。
「若島津!!」
駆け寄った小次郎が、健の名前を呼ぶその声に、健の意識が戻ってくる。
「日向・・さん?」
「大丈夫か?」
「え?・・・・あ、っつ!」
体中が軋んでいる。腕の感覚は痺れていてズキンズキンとした感触だけが伝わってくる。
そして、自分の周りが、随分と暗いことに気づく。
「なんだか・・・随分と暗いですね。」
そう言ってようやく周りを見回した時その場所が、閉ざされた空間のように静かになっていた事に気がついた。
「・・・日向さん・・・・これは・・・・」
「・・・・」
その光景は、普通では考えられないくらい異様だった。
けれど、落ち着き払った小次郎を見て、健は確信を持って問いかけた。
「日向さん・・・・いつから?」
小次郎の天使としての記憶が戻っている。
「・・・・高2の・・・秋。」
そう聞いて健は、『ああ。』と納得する。
健が、小次郎を抱いた時期である。
あのころ、一時期小次郎の様子が変になったのだ、それが、健の中の強迫観念を強くした。
「なら・・・・あの時にはもう?」
小次郎が頷く。
「まさか・・・ここまでの事になるとは思わなかったよ。」
シュナイダーが、ゆっくりと二人に近づいてくる。
「シュナイダー・・・・」
「どうやら・・・さっきの衝撃で、この空間だけが切り離されたみたいだな。」
シュナイダーは、座り込んでいた健に手を差し出し、その場を立ち上がらせる。
「・・・・シュナイダー、おまえ、こうなることを知っていたんじゃないのか?」
「・・・いや、空間の歪みぐらいは起きると思っていたが、こんな状態になるとは思わなかった。現に、これまでの試合の進行には影響がなかっただろう?」
「それにしてもこれは・・・・」
空間は切り離され、時は止まり、光が消えた。
この空間に動いているのは、自分たちだけなのか、他のチームメイト達に動く気配はない。
「門が開いたからだ。」
突然、シュナイダーの後ろから声が掛けられた。
それは、バイエルンチームのゴールキーパー、グスタフ・ヘフナーだった。
「ヘフナー・・・」
「・・・門とは、『封印の門』の事か?!」
「そう、ここが最後の門だったろうが・・・な。」
「最後の?・・・・!!そうか、最初に門が開き始めたのが1年半前なのか。」
「ああ。」
平然と語るヘフナーの態度をシュナイダーは睨み付ける。
「ヘフナー、おまえ・・・・知っていたのか。」
「・・・・知っていた。
とは言っても、俺も、1年半前に知ったんだが。
1年半前、最初の門を開けたのが誰だったのか、それは知らない。ただ、俺の使命は、この聖天界の門を開けることだった。」
「それに俺を利用したのか!?」
「開門の条件には2人の同族が必要だった。」
だから、二人が共にいれば開門の確率は上がる。
魔人将が目の前に現れれば、対自分が、天使が現れればシュナイダーで、どちらにしろ絶対の確率になる。
次の瞬間シュナイダーの平手がヘフナーの頬に飛んでいた。
「おまえのせいで、この世界は終わりを告げる事になるんだぞ!!
それを・・・・」
ほとんど身勝手なヒステリーに近かった。
ヘフナーが居ようと、居まいと、この二人とは、ぶつかっていたに違いなかったのだから。
2発目に出た、シュナイダーの手をヘフナーが掴み止める。
「これは、俺が、この地に生まれ出たときから決まっていた事。おまえ達の『命』と同じだろう?
それに、門を開くことが世界の終わりになるとは言い切れない。
おまえは、なぜこの降臨が行われたのかを気にしていたが、それこそが答えだ。」
天使降臨の本当の意味・・・・・
「俺の使命は終わった。この後はおまえ達『天使』の仕事じゃないのか?」
それを聞いたことで、シュナイダーに冷静さが戻る。
そして・・・ずっと聞こうとしていた事を、問いかけた。
「ケン、今になって聞くのも馬鹿らしいが東天界の降臨者はおまえなのだろう?」
「・・・いや、俺じゃない。」
そこでシュナイダーは、健の傍らに立つ、小次郎へと視線を向ける。
「じゃあ、日向・・・・?」
「日向 小次郎・・・・コジローだ。」
「コジロー・・・・!!黒の聖天使か?!」
シュナイダーの問いかけに、小次郎は、頷いて答えた。
「では小次郎、この場にてあえて聞くが、君の『命』は、いったい何だった?」
その問いに、小次郎は口を開かない。
当然だ、健にとってそれは、死の時まで、知り得ないことだったのだから。
「私の・・・・私の『命』は『支配』・・・だ。
いったい何を支配しろと言うんだろう・・・人か?社会か?それとも世界を?
・・・教えてくれコジロー。お前も知っているんだろう?」
シュナイダーが命を告げる。
だから教えてくれと、小次郎に無心する。
そこでようやく、小次郎は口元をゆるめた。
「・・・俺のは『堕天』・・・」
堕天・・・・それは、天に遣える者を貶める誘惑者。
「俺は・・・ケンを・・・白の織天使を天界から引き吊り落とす布石・・・」
健は、小次郎が、そう考えていたことにショックを受ける。
健は、自分の意志で、小次郎を追いかけたのだ。
凶暴なほどの独占欲で、小次郎を離さなかったのは、自分の方だ。
「白の織天使は堕天し、俺を追いかける。天賦の才も、家族も捨てて・・・・俺だけを求めて・・・・」
言いながら、小次郎の目に涙が一滴あふれ流れた。
「・・・それは、俺が願ったことだ。『命』はそのまま俺の願いであり、願望だったんだ。
・・・俺は・・・・ケンを・・・・自分だけの物にしておきたかった。たとえそれが、ケンにとっての苦しみであり不幸であっても・・・。」
小次郎の告白を目の当たりにして、健はただ頭を振った。
小次郎の願ってくれたことこそが、自分にとっての最高の幸福だった。
「違うよ日向さん。それは、俺にとって幸せであり幸運。」
「だけど『堕天』の命は、まだ、これからこそ本領を発揮するパンドラの箱かもしれないんだ・・・・」
「それでも、俺は、あなたを離さない。」
健は、小次郎のくだらない心配の仕方に苦笑いを浮かべながら、逃がさないように優しく抱き締めた。
互いに相手を自分の運命に引きずりながら、二人は、離れることが出来ない。
それは、誕生のあの瞬間から・・・・
小次郎は、健の腕をゆるめ、自分に答えを求めようとしたシュナイダーに向かう。
「シュナイダー、お前だってそうだろう?
お前も、カール・ハインツ・シュナイダーとして生きるしかない。
たとえ、その先に何が待ち受けていても、それは、その時に自分の道として選び取るしかない。」
「・・・・ああ、そう・・・・だな。」
そう、シュナイダーは、自分の未来を考えた。
けれど、その未来に『支配』など、欠片も出てはこない。
今、自分の中にある願いは、サッカーで世界の頂点に立つこと。
そして・・・・
「ところで、ヘフナー。
この状態、どうしたら元に戻るのかは、判るか?」
今は、試合の最中だった。
たとえ次元を隔てる門が、開け放たれようと、今、この場から、世界が消えるわけではないはずだった。
世界は徐々に変わり行くだろうが、今、この一戦が変わるわけではないのだ。
「日向、お前、黒の聖天使だと言ったな。」
そう言いながら、ヘフナーは、小次郎に近づき耳打ちする。
何を言ったのか、シュナイダーや、健には聞こえなかったが、小次郎の表情がバッと変わる。
「日向さん?」
「日向?」
「・・・っ・」
「だろ?」
ヘフナーだけがニヤニヤしている。いったい何を言ったのだろうか?
「・・・・判った。
若島津、シュナイダー、俺達からもう少し離れていろ。」
「日向さん?」
どう言うことなのかと、反対に近づく健に、小次郎が怒鳴る。
「お前達の力が、邪魔になるんだ。良いから離れていろ。」
そう言われて、渋々とさっきよりも数歩離れた位置に立つ。
小次郎と、ヘフナーが向かい合い、互いの手のひらを相手にかざす形で、精神を集中して行く。
しばらくすると、二人の間に穴があいたような闇が現れた。
天の七大天使の砕け散った錫杖は、小さな粒子になり、その空間を揺らめいていた。
それが、引き寄せられるように、地上への回廊に集まって行く。
その動きを見守っていた七大天使の視線の先、回廊の最奥に、黒い闇が浮かび上がる。
闇は、錫杖の粒子を飲み込み、天界へと迫る。
しかし、その中の一人が投げ入れた一輪の天界の花を飲み込んだところで、その闇は、引いていった。
魔にも伸びて行ったその闇は、霧を撒きながら天井高く触手を伸ばす。
霧は魔将軍の傷を癒し、触手は三大魔将軍が封じ込めた光の玉に真っ直ぐに伸び、引きずり降ろす。
そして魔界はまた、淡い月明かりに覆われた静寂の世界に戻っていった。
しばらくすると、二人の間に出来た闇の穴から、光が広がっていく。
そして、光はすっかり元通りになり、闇の穴は、一輪の花を残し消え失せた。
その花をヘフナーが手にした瞬間、小次郎の体は崩れ落ち、ヘフナーのもう片方の腕に抱き留められた。
健は、あわてて走り寄り、ヘフナーの腕から小次郎を取り返す。
「ヘフナー!きさま日向さんに何をした。」
この場合『何をさせた』だろうが、細かい突っ込みをするやつはいない。
「ああ、ちょっと無理をさせたからな、体がイッちまったんだろ。」
そう言うヘフナーの言葉に、健は、疑問符を浮かべ、腕の中の小次郎を確かめるように見た。
小次郎は、浅く息を詰めながら、体を丸めていた。体中が、小刻みに震えている。覗き込んだ視線が逸らされる。
そこに、健が小次郎を抱いたときの淫らさを見て、健の鼓動がドクンと上がる。
「日向・・・さん?」
小次郎は、バツの悪さに、健の腕を握りしめる。
「何でも・・・無い。すぐ・・・収まるから・・・」
そう言った小次郎の意地に笑みを浮かべながらヘフナーは補足する。
「若・・津、いつものように抱き締めてやったらどうだ?」
ヘフナーは、『若島津』と発音できなかったようだ。
「ヘフナー・・・いらん事を・・・言うな。」
苦しげにも、行為を止めようとする小次郎を健は、言われるまでもなく思いの丈を込めて抱き締める。
そうするとき、健は、自分の体から、光の力があふれるのを感じた。
それが、小次郎へと取り込まれていく。
「なるほど・・・そう言うことだったのか・・・」
静かにこの光景を見ていたシュナイダーが呟いた。
しばらくすると、小次郎の体は、穏やかに息をつくようになった。
「大丈夫か?」
「ああ。」
シュナイダーの問いかけに答えながら、小次郎が体を起こす。
「ではそろそろ試合を再開することにしよう。」
それを見計らうように、ヘフナーは、自軍のゴールへと戻って行った。
「日向さん・・・大丈夫ですか?」
「お前の方こそ・・・・」
小次郎は、健が、負った腕のけがを気に掛けた。
「そうですね・・・・動かないわけではないですが・・・たぶんこの後はベンチに下がることになりそうです。」
その方が良いだろうなと言う視線が、健とシュナイダーの間で交わされる。
「日向さん。」
健の唇が盗むような素早さで、小次郎の唇に触れる。
「勝ちましょう。」
その言葉に小次郎はうなずき、元いた場所に帰っていく。
「まさかお前が堕天するとはな・・・でも、まあ・・・お前ならやりそうだ。」
「そりゃどうも。お前の方こそ驚いたよ。」
「ああ、彼が一番都合が良かったんだ。まあこの後は・・・・判らないが・・な。」
健と、シュナイダーは、会話を交わしながらも、それぞれ、ぶつかった直後の状態に座り込む。
するとすぐに、遠くドイツ側のゴールから声がかかる。
「良いか、戻すぞ。」
その声と共に、ヘフナーはさきほと手にした花を握りつぶした。
天界の各地で、角笛の音が響く。
それが、古来からの聖戦の幕開け。
すでに天界、魔界を隔てる門は消え失せた。
魔の者達は、開いた天界への光に見せられて、憂かれ騒ぎ走り出す。
天の者達は、開いた魔界の闇におののき、嫌悪と否定と拒絶を始める。
そして、いつの日にか、天界も魔界も、神の本当の姿さえも消え失せる日が来るのだろう。
健と、シュナイダーの激突に、場内から歓声が上がる。
片手を血にぬらしつつ弾いた玉をキープする健に、シュナイダーは、すぐさま自軍にとって返す。
直後、中盤にいる小次郎に、健からのボールが通る。
小次郎は、そのボールをキープしつつ駆け上がり、最高のネオタイガーショットをヘフナーの守るゴールポストに突き刺した。
この後、試合は2対1で逃げ切り、日本チームが強豪ドイツを押さえて勝ち抜いた。
3日後には、ブラジルとの決勝が控えている。
けれど、もう何の不安もない。
後は、力の限り戦うだけだった。
健の覚醒した力の揺らぎも、その夜には、随分安定している。3日も有れば完全に落ち着くだろう。
その夜、世界はとてつもなく静かだった。
無くなるはずのない、雲や風がどこに消えたのだろうかと思うほど、天空には、満天の星空。
そんな世界に切り離されて、人間達の家の中では、作られた音が流れ続ける。
変わらない日常に人々は、『予言は当たらなかった』と笑うだろう。
けれど、気付かない傍らで、それは確かに成就した。

天使は降臨し封印の門は開かれた。
天界、魔界、地獄界、心霊界、精霊界、限無界、現世界。
七つの界に隔てられていた地球という星が一つの『地球』と成るために。

・・・エピローグ・・・
たおやかな月明かりの世界、一陣の風が舞い降りる。
「お久しぶりです。阿修羅さま。」
「ああ。久しいな・・・弥勒」
阿修羅は、穏やかにほほえんでいる。
天界では、威厳のために老齢した姿を取っていた弥勒も、元来の姿に戻っていた。
「ようやく、時が訪れました。
これで、『神』が人類のために用意した『家』の扉は開き、その管理人たる我々の義務もなくなった。
・・・・もう、私たちを縛る『戒』も存在しない。」
弥勒が、一歩づつ、阿修羅に近づいて行く。
目の前まで近づいてさしのべた手に、ゆるりと答え立ち上がる。
「あの日からずっと・・・待っていました。
あなたを・・・こうして抱き締められる日を・・。」
「・・・でも・・・・」
「まだ何か心配?」
「・・・まぁ・・いいか。」
阿修羅は、それ以上の言葉をやめた。何を思い悩もうと、もう、自分には何の力も残っては居ない。
この城にはもう誰も残っていない。

「日向さん?」
眠っていたはずの小次郎の動く気配がして、健は、目を覚ました。
「ぁ・・・ごめん。起こしたか?」
「どうしたんです?一度寝たら朝まで起きないあなたにしては珍しい。」
「そうか?」
小次郎は、カーテンを開け、窓からベランダへと出て行く。
「静かだ・・・」
続いてベランダに出てきた健もその静けさが、尋常な物でないことを感じ取る。
「静かですね。」
虫の音一つ、風の音一つ起こらない空間。
「人間以外の生き物達は、今日、何があったのかを気付いているのかもしれませんね。」
「そう・・・かもな。」
小次郎の視線が、じっと若島津を見つめている。
「何?」
「ん・・・お前、後悔してないか?」
「何を?」
「・・・・・」
「俺は、後悔なんかしませんよ、これまでも、これからも。それに・・・人間だった憂鬱もなくなりましたし。」
そう言って、健は、自分の左肩に手をおいた。子供の頃の事故で痛み続けゴールキーパーとして、爆弾を抱えることになった肩。
「肩?」
「ええ。完治させました。傷跡すら消せると思いますよ。」
「へぇ・・・・でも・・・」
「傷跡ぐらいは残しておいて欲しい?日向さんって、している最中は、随分と傷跡を可愛がってくれますものね。」
「ばっ!!」
小次郎は、真っ赤になってしまった。
健が楽しげに笑いながら、小次郎を抱き締める。
「だ・か・ら・俺はとっても幸せなんですよ」
「若島津・・・・」
「それに、今回の降臨では『命』なんて、ただの口実にすぎないと思うんです。」
「口実?」
「そう。天界から天使を降ろすためだけのね。」
「?どうして?」
「降臨した天使のメンツですよ。日向さんは知らないかもしれませんが、シュナイダーは聖天界最高織天使の一人なんです。」
「そんな高位だったのか?!!」
「ええ。降臨させるには、高位すぎるんです。
・・・・それに、俺達が地上に降りたことで、封印の門が開くことになったと言うことは、天はそれを予見していたと見るべきじゃないですか?
封印の門が開けばどうなるか・・・・」
「・・・・」
そこまで説明されて今世界の裏側で何が起こっているのかに気付く。
小次郎の『色』を恐れた天使達にとって、『魔族』など、恐怖の対象以外にはなり得ない。
たぶん滅ぼすまで殺し合う・・・・。
「まあ・・・そんな中で、俺達は邪魔・・・だったのかもしれませんが。」
「は?」
「だって、日向さん魔族ってだけじゃ殺せないでしょ?シュナイダーも気にしない奴だし。そんなのが、天界側に多いと、指揮に関わるじゃないですか。」
小次郎の表情が、複雑な心境を見せる。
「だから気にしないことです。」
「・・・そうだな。」
ようやく笑みを浮かべた小次郎に引き寄せられるように、健は腕の中の小次郎に口づける。
最初はうなじ、頬、そして唇に。
「わかしまづ?・・・・ん。」
浅く、深く繰り返す。
「愛してる。・・・・・ひゅうがさん」
「・・・・ケ・・・ン」
この地に天使達は降臨し世界は一つの地球に戻る。
現世こそ・・・天使も夢見る、夢の楽園・・・・

The End・・・・And Some time