
「!!ちょっとっ!日向さん何してるのっ!!!!!」
日向さんの部屋の扉を開けた瞬間、何がどうなっているのかが判らなかった。
そこにいるはずのあの人がいない。アレフがそれに気づくのには、たっぷり60秒ほどかかってしまった。
その後で、あわてたのは、窓が開いていたからだ。
ベランダの手すりに、カーテンを切って作った紐がくくりつけられているのが見えて真っ青になって駆け寄った。
案の定、そこには日向さんがぶら下がっている。
「・・・・あ、」
悲鳴に近いアレフの声が、頭上から聞こえる。
どこにいたのかしれない人数の人々が上と、下に集まっていた。
どうやら失敗したらしいと、日向さんは小さなため息を付いた。
日向さんは、大きなベットの端に座っていた。
その目の前には、アレフが睨み据えている。
あれだけいた人の気配はまたどこへ消えたのか、静かな空間だけが残されている。
「日向さん」
恨みがましい視線と声音が突き刺さる。
けれど、日向さんの方だって言い分は山ほど在るし、引きたくない。だから、ぷいっと横を向いてしまう。
「どうしてあんな危ないことをするんですか。」
「部屋から出してくれないから。」
そう、ここで気が付いてからすでに3週間。打ち身と軽い骨折で身動きのとれなかった日向さんの体も、ずいぶんよくなっていた。
それなのに・・・・そりゃあ、大きな部屋だから、リハビリにも不自由しないし、別室には、トイレも、大きなお風呂も、完備されている。
けれど、窓の外には、広い、広い大地が広がっているのだ。
それなのに、アレフは自分をこの部屋から出してくれない。
「・・・まだ、完全に治ってないからダメだって言ってるでしょう?!」
「もう治ってる!!」
そう、ほとんど治っていた。だけど、骨折していたのは足だっただから・・・・
日向さんは、元気になるにつれて走りたがった。
その足で、思いっきり大地を蹴る事は、今は何もない記憶とは別の体が覚えている記憶なんだろうか。
でもアレフはそんな日向さんの望みを無視して、部屋のドアに鍵をかけた。
だから日向さんは、自力で脱出を試みたのだ。
「・・・・・」
アレフは唇をかみしめる。
解っている。
解っているのだ。
外に出せない本当の理由は、自分にあるのだと言うことは。
危ないのは外に行くことではなく、自分の側に居る事。
血で血を洗う一族闘争の中、この屋敷内ですら、真の安全は得られない。
間者は常に側にあると見て良い。
この屋敷の上階と警備室には、自らが選んだ者たちを配備しているが、階下は違う。
どこに、どんな目があるのかはわからないのだ。
もし、日向さんの存在を自分への「弱み」として使う者が現れたら・・・・日向さんの身にどんな危険が及ぶか解らない。
本当は、自分の側から、一刻も早く離さなくてはいけない。
そうは解っているのに・・・・自分の側に居て欲しい。
もう、「日向さん」についての詳しい調査は判明していた。
何故、あそこに居たのかまで・・・・・・

突然、周囲が慌ただしくなる。
緊急を告げるサイレンが鳴り響く。
それは、屋敷を中心とする警備網の一角に不許可進入してきた者があることを告げていた。
「?どうしたんだ?」
日向さんは、突然のことに面食らいながらアレフに問いかける。
「来訪者・・・・のようです。」
どのような・・・とまでは言わない。
「僕は様子を見てきますから。日向さん、此処にいて下さいね。」
そう言いおくと、アレフは、ドアに向かっていった。
ドアは、手をかける直前に外から開かれた。
そこには、オウエンと呼ばれる執事が控え、その場で耳打ちするのが見て取れた。
しかし、日向さんの目に映ったのはそこまでで、すぐにそのドアは閉ざされた。
日向さんは、ため息を一つはいて窓の外に視線を向ける。
此処から見える窓の外は、空の青。
「高い塔の上・・・かぁ」
もう一度大きくため息を付いて、日向はふて寝する事を決め込んだ。
一方、アレフの方は、あわてふためいていた。
何事かと、思った来訪者が、兄であることを告げられたからである。
アポも何もなく、屋敷に突っ込んできたらしい。
当然、仕掛けられていた対空砲弾が何発か発射されたらしい。
いや、はや。良く撃墜されなかったものである。
応接室のドアを開けると、そこには優雅にティーカップを傾ける兄の姿が確かにあった。
アレフには、母親の違う兄が3人いる。
長男、バークレー。
次男、トレーズ。
三男、ニールセン。
である。
自分的に言ってしまえば、小心者のバークレー。変人のトレーズ。能無しのニールセン。と、称したい所である。
とにかく、その3人を中心に叔父達までが加わり、熾烈な跡目争いを繰り広げていた。
自分は、跡目に興味など無かったが周りは放っておいてはくれなかった。
そんなことにうんざりして此処に避難してきたのだ。
今日の、突然の来訪者は次男のトレーズ。
この人を、変人と称するのには、いくつかの逸話が有る。
が・・・・つまりは、今日みたいな事を平然とするのだ。
アポなしで、自分の仕掛けた対空砲弾に突っ込むようなことを。
けれど、この人は、一番侮れない。
頭脳も、機転も、洞察力も、底の知れない不気味さを持ち合わせている。
日本製の某アニメに、同じ名前でそっくりなキャラクターがいた。
あんまりによく似ているので、そのアニメを全巻送りつけてやろうとも思ったが、面白がって真似でもされたらとんでも無いので、やめにしたくらいだ。
「兄上!?」
「やぁ、アレフ。元気かい?」
この人が、穏やかな外見に似合わず過激な人間であることは重々承知しているが、今日のアポ無しだけはいただけない。
「「元気かい?」じゃ有りませんよ!!アポも入れずに突っ込んできたんですって?!」
「あはは、アポね。すっかり忘れてました。」
「・・・・」
絶対ウソだとアレフは解っていた。
ここの警備システムを考案したのは他でもない彼である。おおかた、解っていて警備体制に穴がないかを調べたのだろう。
もし、落ち度や、警備の甘さが有れば、そこから私設軍隊を向かわせかねない人である。
「で、どうしたんですか?今日は」
「もちろん、かわいいアレフに会いに来たんだよ。」
そう言いながら自分を抱きしめようとした兄から、思わず体を逃がしてしまった。
「冷たいなぁ。」
そう言って肩をすくめる。
おどけたジェスチャーを取りながらスッと姿勢を正しただけで場の雰囲気をサッと切り替える。
何とも食えない人である。
「実はねぇアレフ。君がこの屋敷にかわいい子猫を飼いだした・・と、噂が飛び交っていてねぇ。」
!!
アレフは、ギクリとした。それは疑いもなく・・・・日向さんの事だろう。
「君が珍しいなぁ・・・っと思って。で?子猫ちゃんは?会わせてくれないのかい?」
最悪である。
「アレは、僕の子猫ではありませんよ。怪我をした預かりものと言うところでしょうか。もうじき傷も癒えますし・・・持ち主に帰します。」
「・・・ふうん。そお?でも随分とご執心だって?」
「そんな噂が飛んでますか?」
「んんん・・・・・初雪程度に舞っているかな。」
アレフは表情は変えぬように、唇に力を入れた。
兄はタイムリミットを告げに来たのだ。
「・・・気を付けなさい。見境のない犬どもに見つかる前に、子猫は元の飼い主に戻さないとね。」
「・・・・」
兄達はどうやら戦闘機のハリアーに乗ってきたらしい。
一機のハリアが庭に付けられていた。
そのコックピットにいつもの人影を見てアレフは軽く会釈する。
ハロルド・ユーベは兄トレーズが信頼する片腕で、優秀なパイロットでもあった。
トレーズは、きた時と同じようにヒラリと期待に乗り込む。
垂直に上昇するその飛行機がゆらりと屋敷に近づき、空高くに飛び上がる。
この兄が、家を継いでくれれば・・・とは思うが・・・・これまた一筋縄ではいきそうにない。
とりあえず、次の行動に移らなくてはならない。
そう頭では解っているのに、日向さんを手放す事に、心も体も反発する。
そしてアレフは、高い塔を見上げた。

〜おまけ〜
ハリアーに乗り込んだトレーズ達の会話。
「・・・・おい、リヒャルト。あそこ、あのバルコニーに近づけるか?」
「・・・・」
リヒャルトは、答える変わりに飛び上がる反動を使って建物のバルコニーに寄せる。
そこにいたのは日向だった。
ふて寝のつもりが、どうやらうたた寝になってしまったらしい。
また騒がしくなった外を覗こうとバルコニーに出た瞬間ものすごい風に曝される。
その風が弱まった瞬間に目を開くと、目の前には、戦闘機。
そしてそこに乗っている人物と視線が合う。
絶句する日向にウインクを寄越して、その直後には空高く飛び上がっていってしまった。
「なんだ?ありゃ・・・・」
「ハッはぁ・・・見たかリヒャルト。彼がアレフのお姫様みたいだねぇ。なかなかの美人じゃないか。」
「彼は・・・やばいですね。」
「ん〜〜。まぁ、あいつのことだ。うまくやるだろうさ。」
「・・・・」
うまくやらなければ大切なものは失われる。
自分たちはそんな世界にいる。
そのままハリアーは、屋敷の警備区域から消えていった。

