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第三話◇白雪姫◇

アメリカ合衆国、シカゴ郊外。
広大な敷地に森林と、湖を併合し、要塞と化した屋敷の第一応接室では、屋敷の当主の見舞いと称した者達が集まっていた。
赤みがかった金茶の髪の女性が、この家の当主A.キング.ラーバンドル氏の本妻。
メディア.D.ラーバンドル。
アメリカの裏社会を牛耳ると言われる大貿易商の娘で、長男バークレーと、三男ニールセンの母親。
ラーバンドル氏を見初め、力に物を言わせた政略結婚で、本妻の座を勝ち取った人物である。
そして彼女を囲むように、息子のバークレーと、彼女の実家ローゼンス家の当主と、婦人、兄が、揃っていた。

「次期総帥は、バークレーですわ。長男ですもの当然でしょ。」
「だが、噂では、君の息子達の名は、聞こえてこない。」
「・・・・」
メディアは、父親の言葉に口を閉じる。
自分の息子達が、軽んじられている事は、よくわかっている。
バークレーは、長男であるにもかかわらず、ニューヨーク支社長に甘んじていた。
弟のニールセンは、厄介者扱いされている遊び人だった。
ラーバンドルの次男であるトレーズは、母親の実家の方に跡取として入っていた。
そのために、『ラーバンドル』の後継者には、なり得ないと思っている。

「後は、ジャックとクイーンか・・・・」
メディアの兄がつぶやいた言葉、ジャックとクイーン。
ジャックと、クイーンとは、ラーバンドル本社では、会長補佐の俗称になっていて、当主の『キング』から連想されていた。
会社の統轄と経営の殆どを動かすその正体は、ごく一部の重役を除いて、一族にも秘密にされていた。
総帥危篤の報が流れた時、彼らが次期総帥の最有力候補としてまことしやかに囁かれた。
しかし、この機に乗じてもジャックとクイーンは表に出て来ない。
姿を現さなくても仕事が出来るというインターネットの復旧した現代の利点というのだろうか。
「そう言えば、メディア、次男のニールセンはどうしたの?」
言葉の途切れた雰囲気にローゼンス婦人は、ここにいないもう一人の孫の話題を持ち出した。
ニールセンは、卒業後に入社した支社で、ヨーロッパ方面の土地買収を担当していた。
だが、やり方のまずさから、問題も多く抱えていた。
「さぁ、連絡は入れておきましたが、またフロリダかベガスにでも遊びに行っているんじゃないですか?」
「こんな時に?」
「あいつは、遊ぶ方が才能有りますよ。」
「そりゃぁお言葉だなぁ、兄さん」
「・・・ニール、帰ってたのか」
「今ね。」
ニールセンは、派手な遊び人のような格好で、その場に入ってきた。
「どこに行ってたんだ?」
「フランス」
「何をしに?」
「遊んで来たのさ。」
その言い方の卑下した感じにローゼンスの兄は、不信感を持った。
「おまえ、フランスで何をしてきたんだ。」
ローゼンスの兄は、ついこの間、フランスで頻繁に起こったテロリスト事件に結びつけた。
被害の多くは、ラーバンドルのフランス支社のライバル社だったからだ。
しかし被害が出た一つにローゼンスのホテルがあった。
このときの信用の失墜と賠償に手痛い思いをしたのだ。
ニールセンは分が悪くなったとばかりに兄の後ろに立った。
「そう言えば兄さん。俺向こうで面白い噂聞いたんだけど。」
「何だ?」
「今、アレフのやつ、ドイツにいるみたいなんだけど、城に女囲ってるってさ。」
「女?あいつがか?ガキのくせに」
「へ、どこまでもかわいげのないやつだよ。」
「アレフとは、あの日本女の息子か?!」
ローゼンスの当主は、兄弟が話題に乗せたアレフにようやく誰だったのか気付いたらしい。
「ええ、そうよお父様。あの小憎らしいガキ。」
「ラーバンドルのお気に入りか・・・・」
「あんな子の話題なんてしないでちょうだい!!」
メディアは父親の言葉にも目くじらを立てる。
「だが、あのラーバンドルが、手元に置いていた手中の玉と有名だ。12歳で大学院まで卒業した天才だとな。それに・・・」
「それになんなの!」
「『クイーン』じゃないかとの噂もある。」
この、父親の言葉には、そこにいる全員が動きを止める。
確かに出来なくはない。
その可能性が頭をもたげる。
バークレーは、その場で表情を凍り付かせる。
もし、アレフが『クイーン』なら、自分に総帥の座が回ってくる事はない。
それどころか、ニューヨーク支社長の地位すら危ない。
それだけの弱みをバークレーはすでに、アレフに捕まれていた。
「それじゃぁ、一石二鳥をかねて始末に動くか?」
沈黙を破ってニールセンが話し出す。
「あのかわいげも、隙もないアレフにしちゃ珍しい噂じゃねぇか。
なぁ、ママ そうだろ?あの女の時みたいに消しちまえよ。」
ニールセンの笑い声に、その場にいた誰も否を唱えることは無かった。


アレフは、電源を消したコンピュータ画面の前で、大きく息をついた。
つくづく便利な世の中になったと思う。
ネットワークによって殆どの情報は集まってしまう。
これが、ネットワーク復旧以前の時代なら、調べようもない事として日向さんを自分の元に措いておけたのに・・・と。
今、最後の情報が届いた。
『日向小次郎』と言う名前から始めた検索は、ことのほか簡単だった。
日向さんがA21のサッカー選手だったせいで、知る必要のないほど詳しく情報は集まってしまった。

大広間にある大時計が、午前0時の時報をならす。
それを遠くで聞きながらアレフは、日向さんの部屋へと歩いていった。
日向さんは、夜、早いので、もう眠ってしまっているだろう。
でも一目、日向さんの顔を見たかった。
アレフはそっと、ベットへと近づいて、日向さんを除きこむ。
「日向さん・・・・」
つぶやきは、風の音にかき消えるほどのかすかな音になった。
月の明かりが、レースのカーテンに透けて、部屋一面に淡い光を投げている。
静かに目を閉じて眠る日向さんの顔をひとしきり眺めてアレフはベットを離れた。
そっと・・・小さな音も立てず、その場を離れ部屋を出てゆこうとした。
「・・・・・・アレフか?どうした?」
眠っていると思った小次郎の声がしてあわてて振り返る。
ベットに半身を起こした日向さんが、手招いているのが解る。
「どうした?何かあったのか?」
アレフはあわてて、顔を横に振る。
「あ、ごめんなさい。何でもないの。ただ・・その・・・」
無意識に言いよどんでしまった。
「寝れないのか?」
「う・・ん」
眠れないのではなく起きていたのだが、こんな時間まで起きていた子供らしい言い訳は浮かんでこない。
言いよどんだアレフの態度に何を思ったのか、日向さんの手が、アレフの腕をつかみベットの中に引きずり込んだ。
「?!!」
「ほら。ここで寝ちゃえ」
アレフは、間近で笑ってくれる日向さんに見とれてしまう。
この人にとって自分は、『弟』でしか無いと解っているのに。
今は無くしている記憶が戻れば・・・・・いや、日本に返した地点で、二度と、合う事すらない人になってしまうと言うのに。

そして、日向さんは思い出す。
あの男の事を・・・・・

「日向さん・・・」
子供の特権・・・・
日向さんは、抱きついてくるアレフを優しく抱きしめてくれた。
耳に触れる日向さんの鼓動が夢を見せてくれる。
優しい腕の中から大きく伸び上がり、アレフは、日向さんの唇を塞いだ。
日向さんが息をのむのが解る。
きっと、目を見開いて驚いているんだろう。
抵抗される前に、深く舌を差し入れる。
口内を探り、吸い上げ、翻弄する。
緩く、浅く、日向さんの舌が答えてくれるから、よけいにエスカレートしたかもしれない。
ようやっと唇を離したアレフを、日向さんは焦点の定まらない濡れた瞳で見つめていた。
「・・・アレ・・・フ・どうしたんだ?」
日向さんの手が、アレフの頬をとらえ、目の下を指が撫でる。
自分が、涙を流していた事にようやく気付く。

『ああ、自分はこんなにも幼い・・・・』

アレフは、目を閉じて思い切る。
今は、ラーバンドルの力を制御する事も、日向さんを守りきる事も、出来ない。

「日向さん・・・・日向さんの事がね、解ったよ。」
日向さんの指が、ピクリと触れる。
「明日、調べた事すべてを見せてあげる。
そうしたら・・・思い出すかもしれない。
家族も、学校も、友人も・・・みんな・・・」

ギュっと日向さんの腕が、アレフを抱き寄せる。
「・・・うん。ありがと・・・・な。」

いつの間にか、雲が月を覆っていた。
明日は・・・晴れるのだろうか。